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東京高等裁判所 昭和36年(ラ)577号 決定 1961年10月25日

抗告人 志賀てる子

相手方 中央工業株式会社

主文

原決定を取消す。

相手方の本件仮処分執行停止の申立を却下する。

申立並びに抗告の費用は相手方の負担とする。

理由

抗告人は、主文第一、二項同旨の裁判を求め、その抗告理由は別紙記載のとおりである。

本件第三者異議の訴の訴状及び相手方提出の疏明書類によると本件仮処分命令は、債権者志賀今朝之進(抗告人の被承継人)、債務者日本団体生命保険株式会社間の東京地方裁判所昭和二八年(ヨ)第三七二九号事件の仮処分命令で、その発付の日は同年六月八日、その内容は、「本件建物(東京都千代田区東神田一二番地所在家屋番号同町一二番の三、木造瓦葺二階建作業所事務所一棟建坪四四坪五合二階三〇坪の内二階三〇坪)につき、債務者の占有を解いて債権者の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏はその現状を変更しないことを条件として債務者に使用を許さなければならない。但し、この場合においては、執行吏はその保管に係ることを公示するため、適当の方法をとるべく、債務者はこの占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。」というものであつたことが明かであるところ、右訴状によると、右仮処分命令の執行は、当時終了し、なお、昭和三六年六月九日(訴状には六月七日とあるも、疏明書類に照らし、右は誤記と認める。)及び同年七月六日の二回に渡り、抗告人の委任した執行吏は、本件仮処分の点検と称して、相手方会社を本件建物から追出したというのである。ところで、前記のような内容の仮処分においては、仮処分の執行が終了した後においては、仮処分(命令)の手続としては、停止すべき手続も処分もないのであるから、執行停止命令は無意義であり、これを許すべきものではない。

果して然らば、相手方の本件仮処分執行停止の申立はそれ自体理由のないものである。したがつて該申立を認容した原決定を取消し、右申立を却下すべきものとし、申立並びに抗告の費用負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 鈴木禎次郎 中村匡三 花渕精一)

抗告の理由

一、本件申立人中央工業株式会社の申立の理由を見るに、その想たるや奇、その行たるや天涯全く常人の想像もつかない嘘八百を創造陳述したものであつて、噴飯私憤を超え、公憤に堪えない。仮処分破りの常習犯であるもと右会社の代表取締役佐々木定治一流の創作的工作であることは一点の疑もない。

現に昭和三十六年七月六日本件仮処分断行後間もなく執行吏のなした出入防禦工作物並びに封印を無断で破毀し、その輩下数名を引連れて本件家屋を不法占拠している。

二、抗告人先代志賀今朝之進は終戦後支那大陸から引揚げ、余生を海外引揚者更生事業に捧げんと志し、神田引揚者更生会を創立し、その会長となり、東京都並びに社団法人東京都引揚者団体連合会(本部東京都庁内)の指示と支援の下に東神田十二番地に本件建物並びに外五棟の建物を建築し、引揚者更生事業に専心していたが、昭和二十九年一月十一日死亡しその妻志賀キヌも昭和三十一年四月二十日死亡したので、抗告人が相続した。

先代今朝之進在世中右建物の所有権について抗告人先代、千代田厚生授産場(代表者牧田三郎)並びに右社団法人東京都引揚者団体連合会(以下単に都連と称する。)の三者間に紛争が生じ(東京地裁民事第二十二都部調停繋属中)、その間隙に乗じ本件建物内は不法占拠者で充満したので、抗告人先代は東京地方裁判所昭和二十八年(ヨ)第三、七二九号、右千代田厚生授産場は昭和二十八年(ヨ)第四、一四四号(相手方は共に日本団体生命保険株式会社である。)をもつて現状変更禁止の仮処分を執行し、現に執行吏保管中である。ところが右日本団体生命保険株式会社は何時しか退去し、昭和三十三年八月頃前記佐々木定治は港区芝田村町の仮処分中の建物から退去され本件建物に中央工業株式会社の名を以て不法占拠し家屋の改修を初めたことを知り、同年九月六日、同月十九日の再度執行吏は現状調査点検をなし、仮処分違反の旨を右佐々木に伝え任意退去するよう勧告し、右佐々木も昭和三十三年九月二十日抗告代理人を訪れ、同月末日までに明渡すから断行は許して貰いたいと懇請したので、これを承知したところ右佐々木はその時既に右抗告人の現状変更禁止の仮処分執行停止申請を前記干代田厚生授産場の名を借りて事実を捏造して抗告人を相手方として東京地方裁判所昭和三十三年(ワ)第七九二〇号第三者異議の訴並びに同庁昭和三十三年(モ)第一二、二九四号仮処分執行停止申請をなし、同年十月三日右停止命令を取り抗告人の仮処分の執行を停止したので、抗告人は右中央工業株式会社を相手方として昭和三十三年十月七日東京地方裁判所昭和三十三年(ヨ)第五、六三一号強制明渡断行の仮処分命令を受け断行したところ、右佐々木は執行史が帰るや否や封印を破毀し、もとの如く不法占拠したので、抗告人は再度執行吏に委任して断行に行つたが、右佐々木は執行吏の来ることをいち早く知り、会社の者は一人も居らず、暴力団十数名を雇い留守番にしていたため執行吏は遂に執行不可能となり帰つた。

三、その後相手方会社代理人久保田貞次弁護士と抗告人代理人渡辺俊二弁護士との間において数十回に亘り円満解決方法の接衝をした結果、昭和三十四年二月十六日右両者間において解決方法に関し契約を締結した。

その要旨は、相手方会社は本件建物占拠は不法占拠であることを認め、前記第三者異議事件並びに執行停止申請を取下げ且つ抗告人の蒙つた損害金として三十万円を抗告人に支払いかつ建物改修に支払つた約五十万円は放棄して何人にも請求しない。(相手方、会社の金二十万円支払つたというのは、この損害金の一部に充当したのであつて、残余は支払わない。)昭和三十四年三月末日までに本件建物に関して示談をする。万一右期日までに示談が成立しないときは相手方会社は退去して抗告人に明渡すことである。

四、然るに相手方会社は一向に示談に応ぜず、約定損害金の残余も支払わず、退去もせず、ここを根城に当時社長の松下潔こと桑野耕吉、副社長の佐々木定治らはいんちきな不正行為のみ働き、数千万円の債務の追求と佐々木定治(大正元年九月十六日生)は詐欺罪容疑、松下潔こと桑野耕吉(大正十年一月二十一日生)は住居侵入、監禁、傷害罪容疑で検察当局の追求を受けるに及び中央工業株式会社の金看板を除去し、松下は逃亡し昭和三十五年一月頃松下は遂にアヂトにおいて捕縛されたが、病気と称し出所しその儘目下逃亡中である。かくして相手方会社は実質的には解消し従業員は一人もいなくなり、本件家屋から完全に退去したのである。ただ佐々木定治は相手方会社の代表取締役を辞任し退社して会社と関係を断ち、相手方会社の債務追求から免れ、本件家屋に出入しここを根城として抗告人先代名義の建物内の不法占拠者を脅迫して不法に権利金並びに使用料等を徴収して暮している。

五、抗告人及び前記都連、千代田厚生授産場の調停も解決方向に急進し、まず三者協力して佐々木定治ら不法占拠者を退散せしめ、東京都にも協力を願い建物を正常なる状態に復することに意見一致し、まず仮処分中の本件家屋から整理することにして東京地方裁判所昭和二十八年(ヨ)第三、七二九号(債権者志賀債務者日本団体生命)、同庁昭和二十八年(ヨ)第四、一四四号(債権者千代田厚生授産場債務者日本団体生命)、同庁昭和三十三年(ヨ)第五、六三一号(債権者志賀債務者中央工業株式会社)の執行力ある仮処分正本をもつて執行したのが本件仮処分の執行である。

昭和三十六年六月七日抗告人並びに千代田厚生授産場の委任に基き執行吏が現場に臨んだ際本件家屋内に定居占拠していた者は、訴外リスロン工業株式会社と佐々木定治で、佐々木は在居していたが相手方会社の片鱗も語らず、又相手方会社の有形的存在は全然認められなかつた。ただ佐々木の代理中村某が抗告人代理人並びに授産場代理人鵜島志郎弁護士に任意に出るから五日間待つてくれと頼んだのみである。また同年七月六日の執行に際しても前記中村某が居り任意に完全退去するから仮処分の断行だけは待つて貰いたいと嘆願したのみで、執行中佐々木定治は執行吏に会わず、一言も語らず、かくれ、その後道路上に出した物件を本件家屋の階下に入れ、かつ封印を破毀して執行吏の占有保管に係る本件建物に無断で入室し、目下使用している。本件第三者異議の訴及び仮処分執行停止申請も佐々木定治が現在本件家屋と関係のない相手方中央工業株式会社の名において提起し、不法に自己の不法行為を合法化さんと企てるもので、本件申請は実質的には正義に合致する案件ということはできない。

六、前記の如く原審仮処分停止決定は中央工業株式会社の虚偽の陳述に基き事実を誤審した不法不当の決定であつて、取消すべきものであると信ずる。更にその理由を要約すると。

(1)  右会社は社長松下潔は前記の如く逃亡中で、社員は一人も居らず、営業は全然せず、影も形もないただ登記簿上存在しているもので、本件仮処分断行前既に自然消滅的に本件建物から退散し、本件抗告人の仮処分に対する第三者たるの当事者資格がない。また不法占拠で強制退去されたリスロン工業株式会社と法的に関係のない別個のものであることは論を俟たない。

(2)  中央工業株式会社と抗告人間の昭和三十四年二月十六日附契約書に基き同会社は同年三月末日限り本件建物から退去し抗告人に明渡し且つ損害金を支払う義務こそあれ、執行吏の占有保管にあり仮処分債権者たる抗告人さえ使用できない本件建物は仮処分を停止して占有使用する権利のないことは極めて明白である。

(3)  本件建物は執行吏が仮処分違反として本件停止決定の前たる昭和三十六年七月六日既に全部強制立退きを断行したから、たとえ停止命令があつても、既になした執行は取消と異り仮処分債権者のその後の執行を停止さるるに止り、一旦退去した仮処分違反者を元通り入室使用させる権利は執行吏と雖もないと解する。然るに仮処分破りの常習者たる佐々木定治らは本件停止命令のでる前無断で封印を破毀し入室するの不法を敢てし、この既成事実を作り、停止命令を取り、仮処分債権者の活動を不可能ならしめて仮処分違反を一応合法的に継続せんと企図し、現に仮処分違反を敢てなし占有使用している本件において、停止決定を取消すことは遵法精神に合致するものである。

(4)  千代田厚生授産場の代表者は牧田三郎であつて、亡鈴木祥三郎こと鈴木厳三郎ではない。右千代田厚生授産場は何人とも本件建物につき賃貸借契約など締結していないから、今度抗告人と共に授産場を債権者とする仮処分命令によつて強制断行をしたのである。本件停止命令の実質的申請人である佐々木定治は、昭和三十三年千代田厚生授産場の名義を以て同年(モ)第一二、二九四号仮処分執行停止申請に成功したその方法を応用して以前不法占拠していた中央工業株式会社の名義を以てした本件停止申請は、当事者能力代理委任にも疑をいだかざるをえない。なんとならば佐々木定治と松下潔は以前共に右中央工業株式会社の代表取締役であつて、数千万円の債務の責任問題から不知となり、佐々木は退社し松下は逃亡し行方不明となり、会社は一人の従業員もなく実質的に消滅したからである。

(5)  中央工業株式会社は原審申請書に本件建物に金百十数万円を投じ大改修築をしたと主張しているが、これは全くのでたらめで、その疏明書類は虚偽のものである。右会社が昭和三十三年八月頃本件仮処分中の建物に無断改修工事したことは、当時本件仮処分違反の原因となつたが、右会社は当時株式会社日建工務店に右工事を請負わし、その代金百八十万円のうち金八十万円支払つたのみで、残余の金百万円は未だに支払わず、ために右会社は一時破産にひんし閉社状態になつた。

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